或る虚構と、今だ喪われていない筈であろう阿呆の話

maidentity2005-02-04

「DATTEやってら…」
口ずさむと、視線の先にいた苺子はにやりと笑った。まずい、これはまずい。
「しんいち君。それって、日曜の朝に放送していたテレビ漫画の曲でしょう。不用意ですね、私たちがいる前で歌ってしまうなんて」
彼女は言うが、僕は半ば兆発とも取れるその言動に動揺することなく突っぱねる事にした。君だって、この曲がよくアニメだと分かったね、と。しかし、彼女を揺るがすには些か皮肉が足りなかったようだ。
「私は、出勤前につけるテレビで偶然目にする機械が多かっただけですのよ。定刻通り起床して準備をし、仕事へ向かう。習慣となった今ではあの、テレビ漫画の終わりの曲は、私がドライヤーで髪を乾かす合図なのですから」
しれっと、苺子は顔色ひとつ変えずに僕に言った。それに、と続ける。私はあなたの様に、遅刻はしたくないのですもの。
「まるで僕が、遅刻魔で、習慣が無い行き当たりばったりな物言いだな」
「あら、そうじゃありませんでしたの?」
にこりと、苺子は笑った。僕は酷くしょげた。
「きっとそうなんだろう、でも、僕だってプリキュアのエンディング曲くらい歌ってもいいじゃないか」
少し声を荒げると、苺子は笑みを浮かべたまま、では私も御一緒させていただいてよろしいですか、と小さく問うた。その頬には、うっすら紅が浮かんでいた―様な気がした。