うそwizardry日記

異臭で目を覚ますと、傍らには飼葉桶と、何かの生き物の糞があった。
まだ夢のなかなのだろうか?いや、今枕にしている干草の感触は確かな物だし、仰向けになり右を向いた僕にさわやかなモーニング・コールを仕向けた汚物もまた、今現在が"現実"である事を自覚させる要素としては十分だった。
そうか、昨日はたらふく呑んだしな。会社を出たあと、光子の約束をほったらかして植松先輩と白木屋に行ったんだっけ。先輩荒れてたな。確かクレーム処理でトラブって杉本課長から大目玉食らったって言ってたな。それに付き合わされて…いくらおごりとはいえキツい。頭が痛い。酒には強いほうと思ってたんだがな…まあいい、とりあえず光子にメールを打っておこうか。厩舎―とも思われる施設―を出て、ここがどこか確認するのはそれからでいい。
光子には心配も無理もさせてしまった。今回ばかりは許してくれるかわからない。付き合って6年。もうそろそろ、僕にとっても彼女にとっても、それぞれ思う形の違いはあれど、我慢の限界かもしれない。
僕はスーツの胸ポケットを探った。携帯電話を取りだし、メールを打とうと、液晶に目を止めた。
…圏外か。いくら酔ってたとはいえ、アンテナも届かないどこぞの田舎にまで来てしまった様だ。二日酔いの頭痛が激しさを増す。
とりあえず上半身を起こした僕は、やっとそこが「馬小屋」である事に気付き、異臭の主が馬糞である事を理解した。今の職場に来て4年経つが、近所に馬小屋や牧場があった覚えはない。恐ろしく酔っ払って、タクシーかなにかで山奥にでも来てしまったのだろうか。僕は少し怖くなった。
とりあえずここを出よう。考えるのはそこからでいい。僕は携帯を胸ポケットにしまい、自分のかばんを持ち上げて立った。ぶるる、と、どこかで馬が口を鳴らした音がする。身に付いた干草を取っ払い、周りを見渡す。そこで僕は、ここが学校の体育館くらいの、かなりの規模の馬小屋という事がわかった。体育館と言っても、建物自体の天井は精々3メートル程度だったが、かなり丈夫そうな木材を組んで作ってある、今ではなかなかお目にかかれそうもない建物の様だった。
僕は干草を蹴り上げ、体育館を出ようと奥にある人間様専用の扉に向かった。所々ある馬糞に注意して歩く。しかし臭いな。馬は5、6匹しかいないのは放牧でもさせているからだろうか?
出口近くまで来た時、不意に馬糞ではない何かが転がっている事に気付いた。
干草から出た「それ」は、人間の…足の様に見える。いや、人間の足だ。
咄嗟の事に、僕は大声を上げた。その足は、銀色のブーツをはいている物の、あきらかに誰かの足だった。証拠に、僕が大声を上げるとその足の主がびっくりした様に干草の山から飛び上がり、僕の方を向いた。
「だれだ!!」
足にビックリし、そのビックリした声で起きた者の怒号にビックリし、そしてその声の主の格好にまたビックリして、僕はまた声を上げた。ぎゃあ、という風な声に近いものを。
「うるせえなあ。折角人が気持ちよく寝てたっていうのに」
しれっと答えたその男は頭を五分程度に刈り、顎鬚をたくわえた中年といった感じだった。その強面にも少したじろいたが、重要なのはそこでは無かった。
男が着ていたのはいわゆる、中世の鎧のような物で、腰には剣を携えていたのだ。今にも抜刀しようとする構えを男は解き、今度は僕をいぶかしげに観察し始めた。
「なんだあんた…変な格好してるな」
それはこっちの台詞だ。そんなコスプレをして、こんな馬小屋に寝てるだなんてイカレてるとしか思えない。まあ、その半分を僕は体験していた様だったが。
「メイジでもなさそうだし…素人か?まあいい、さっさと行けよ」
僕ははい、失礼します、とだけ言いそそくさと出口の扉のドアノブに手を掛けた。ああいうタイプの人間とは関わらない方がいい。そう、自分のサイレンが鳴っていた。とにかく早く帰ろう。帰って、光子にごめんとメールを送って…


ガチャ、とドアを開けた。なんか、吸血鬼ドラキュラに出てきたノイシュバンシュタイン城みたいなのが、眼前に大きく、そびえるのが見えた。