うそwizardry日記3

「先日、マロール*1による事故で1人のメイジが行方不明になった」
ここはどこだ、こんなテーマパークに来た覚えはない、腹減った、眼鏡を弁償しろ、と散々わめいた挙句、息も絶え絶えになった僕に向かって、テーブルに手を組んで置き偉そうに座っている真ん中のおっさんが、最初に放った言葉がこれときている。みんな狂っている。
「目撃者によれば、記憶の座標の照合中に顔面にボーパルバニー*2の前歯、どてっぱらにボーリングビートル*3の突進、ケツにゾンビ*4の浣腸を同時に食らったのだそうだ。そりゃ、レベル1098のメイジでも混乱する」
「僕の、話を」
そう言った所で、左の男が口を割った。全く、意見をさせてもらえる余地はないらしい。
「その瞬間、でたらめな座標が脳内で行きかっていたメイジは、おそらく、1/10^{65536}秒の間に脳の範疇を超えた世界を見たのだろう。普通我々は魔法の世界でも、そのようなこと―脳の突破―は無理だ。九つの枷はまるで予定調和のように、誰もが異議を唱えることはない。しかし、彼はその、刹那に、世界を超えた。わしは以前似たようなケースを見たことがあってな、あれは黄色い耳栓をした…」
「デウッグ卿、時間がないので手短に…」
「おお、すまん、わしの得意技は"脱線"でな」
陽が傾き逆光が緩み始めたので少しづつ、目の前の男たちが輪郭線だけなものから顔貌、表情までが分かるようになって来た。
僕と最初にこの"世界"で出会った右の男。やはり甲冑を身にまとっている。左の、デウッグと呼ばれた男はこの3人の中で1番の年長者のように見える。頭をわずかに覆う靄のような白髪、仙人のように伸び、朝鮮人参にも似た白い髭、顔面に無数刻み込まれた皺の1本1本に知識と経験を感じさせる、決してただの好々爺とには見えなかった。ただ、退色した緑のローブのみの姿には他の2人よりも絢爛さはない。
そして真ん中の男は、はじめ見たとき「信長」という言葉を連想させた。
鎧は右の男の物と違い日本の戦国時代の甲冑のようだった。髭を鼻下に蓄え、髪は後ろで縛り邪魔にならないよう纏めてある。そして、目を合わせたくない鋭い目つき。この部屋を真っ暗にしたら、この男の目だけ光ってそうだ。いや、実際、光るかもしれない。
「つまり、あんたはそのメイジの指定した座標に、たまたま偶然一致したのだ」
デウッグは手を顎で遊ばせながら、片目を吊り上げ、残りを閉じかけながら、*すこしだけ*語気を強めて言った。僕は当然、何のことだか分からない。狂った世界に狂った男たちの会議を狂って付き合わせられている。早く帰りたかった。


デウッグがそう言ってから、2,3秒の沈黙。それはこの場にいる僕に与えられた最後の自由時間だった。この後、僕は22年過ごした安寧の日々を捨てて、血なまぐさい世界に放り込まれ、肉体労働と頭脳対決と酒とゲロと女の子と男の子と生と死を体験することになる。通勤鞄を盾に、名刺を剣に代え、暗くて狭くて寒くて臭い場所で2度目の青春を過ごす"はめ"になる。でも、僕はそのとき、光子のことを考えていて、手料理が食べたいと思っていて、少しだけ勃っていた。

*1:後で知ったことだが、いわゆるテレポートのようなものらしい。俄かに信じがたいが、この世界は魔法が科学に取って代わっている

*2:これも後で聞いた話だが、首をはねることで有名なウサギちゃんらしい。是非お目にかかりたいものだ。

*3:名前のまんま、ボーリングの玉みたいな昆虫。

*4:この世界にもブードュー教が存在するのだろうか。