うそ世界樹の迷宮2

  • 墓場は、一番安上がりの宿屋である。
    • ラングストン・ヒューズ

昼間から酒場にいる様な輩はアル中か冒険者くらいなものだ、というのは誰が言っていたのだろうか。悪魔が囁いたかのような邂逅を果たしたジャインは、半ば引き摺られるように、町の広場から少し外れにある酒場に連れて来られていた。何の変哲も無い、こじんまりとした居酒屋だ。彼と、彼の旧友キュービィが入店した時には、既にまばらに客が杯を交わしていたところだった。夜の酒場にありがちなむっと来るような熱気はまるで無い。ただ、ジャインは実家の会食などで上等なぶどう酒を飲んだことはあったが、街中の居酒屋なんぞで、血気盛んな鉱夫や、柄の悪いごろつきたちと肩を並べ、りんご酒やエール等をあおったことは一度も無かった。
妙な脅迫感に圧されたジャインは、彼よりずっと背の低いキュービィの後ろで、隠れるようにしながらカウンターの席に並んだ。
「変わってないなあ、図体だけは、あのときよりもずっと大きくなってんのに」
そんな小心者の様子を意地悪な目で見ていたキュービィが、意地悪な笑顔で、意地悪そうに言った。
「…キュービィも……あんまり変わってない…と思う」
変わっていない、というのは嘘だとジャインは自分で思っていた。本当は少し拍子抜けていた。数年前、自分が都会の学校へ編入する前日まで、鞄に蛇を詰め、宿舎の屋上から泥団子爆撃を仕掛けてきた、あのキュービィが、どこかよそよそしい。…よそよそしい?いや、違う。もっと、別の…
パラディンか…そういえば、あんたんちそういう家系だったね」
「…ん、まあ、ね、一応…」
グラスに口を運び、カラカラの喉を潤した。グラスを持つ手が、心なしか震える。忌まわしい記憶が、まだグルグルと駆け巡る。紫と黒と真っ白い油絵具が、びらびらした絵筆でぐちゃぐちゃに混ぜ込まれていく。
「…背も私なんかよりずっと大きくなっちゃってさ…ズルいなあ。私バカだからさ、大変だったんだよ、アルケミストになるの」
「え、あ、アルケミスト!?」
そんなに意外?と、ビックリしたジャインの反応を見てキュービィはケラケラと笑って言った。
「向いてないんじゃないかな、と思ったこともあったけど…ようやく、火の術式くらいはできるようになったんだ」
左手の、まだ真新しいガントレットを愛でるように撫でるキュービィの笑顔を、ジャインは今後一生忘れなることができないだろう。そんな彼女の顔など、記憶の引き出しを巨大ミルで挽いたって、見たこと無かったのだから。乱暴者のいじめっ子の顔ではない。彼女は背がちょっと低い、ボーイッシュなただのアルケミストだ。
―僕は確信した。キュービィは、「本当に」変わっていたんだ。広場で会ってから、まだ一度も殴りかかってこない。きっとあの頃のキュービィは、もう、今のキュービィの中で小さく丸くまとめられて、バケツか何かに入れられてるんじゃないだろうか―
その瞬間、ジャインはこの辺境の町で古い友人に会えたことに、いまさら安堵した。心細さは、今彼の中に微塵もなくなっていた。目の前に運ばれてきた麺料理も、心なしか美味そうに見えてきた!
「ジャイン、頭よかったからさ、てっきり学者にでもなってるものだと思ったよ。へー、あのジャインが冒険者ねえ…」
「僕も…キュービィ冒険者でしかもアルケミストだなんて、まさかと思ったよ」

キュービィの性格が変わったのか、それともジャインの気の持ち方が変わったのかは、全部書き上げるとはてなダイアリーに収まらないので、一応ここまでにしておこう。本当は、何も変わっちゃいないかもしれないし(変わったんじゃなくて、上から上から重ね塗られることだってある)。

酒場の、綺麗な女主人に代金を渡して去ろうとした矢先のことだった。向こうから、白い物がジャインめがけて飛んで来た。あっというまだった、白いものはその場に崩れ落ち、ぶつかったジャインも姿勢を崩し、足元の椅子を派手にひっくり返した。
「え…あれ?」
何が起こったのかわからなかった。目を丸くさせるキュービィの眼下で、白い物―白衣を着た少年が、いまだに丸くうずくまって、もがいていた。

キュービィアルケミスト♀(1)
19歳。
身体は小さいが気は強い、火の術式が得意なアルケミスト
「いじめっ子だ」とジャインは言うが、当時の彼女は、ちょっと不器用だったのだ。


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